日光山・例幣使道関連の年表
西暦 年号 出来事
782   勝道上人が二荒山の絶頂を極める
1336 建武3年 足利尊氏幕府を京都に移す
1603 慶長18年 徳川家康が将軍になる
1613 慶長18年 天海が日光山貫主に任ぜられ、光明院を再興する
1616 元和2年 4月17日 徳川家康没する。(75歳)
1617 元和3年 2月 家康に正一位東照大権現の神号が贈られる
    3月 日光廟・東照社神殿竣工する
    4月 家康の神柩(遺骸)を久能山から日光へ改葬する
    4月17日 天海の唱導で東照大権現の「みたまいれ」の儀式が行われる
1632 寛永9年 1月 徳川秀忠没する(54歳)
1634 寛永11年 徳川家光の命により東照社神殿の大造替始まる
1636 寛永13年 東照社神殿の大造替工事が完成し、日光は徳川家」最大の廟所となる
1645 正保2年 11月 東照社に宮号宣下が出され、以後、東照宮に改称される
1646 正保3年 3月 家光の奏請で日光奉幣使の発遣が決まる。伊勢神宮奉幣使も復活する
1647 正保4年 第一回目の奉幣使が送られる、以後毎年発遺される事から日光例幣使と呼ばれる
1648 慶安元年 家康33回神忌、松平正綱より杉並木が東照宮に寄進される
1651 慶安4年 4月21日 徳川家光没する(48歳) 日光廟大黒山に葬る
1653 承応2年 家光の霊廟、大猷院が完成
1766 明和3年 日光例幣使道の太田宿→足利宿→天明宿が、太田宿→八木宿→梁田宿→天明宿に経路が変更される
    日光例幣使道が道中奉行の管理下におかれ、助郷制度が設定される
1853 嘉永6年 井伊直弼が下飛駒(斎藤利七宅)に泊まり、遊女廃止の嘆願を受ける。
1867 慶応3年 最後の例幣使が送られる(221回)
1872 明治5年 娼婦開放令により芸娼婦、貸座敷営業は許可制となる。
1957 昭和34年 売春防止法の施行